ヒッピーとはどんな文化?スタイル?現代だからこそ注目したい!

「ヒッピー」という言葉を聞いて、みなさんは何か頭に思い浮かぶものはありますか?

私がイメージしたのは長い髪にヘアバンド、そしてワイドなジーンズ姿の女性です。しかし、その言葉を知っていても、ヒッピーがどのような存在で、どのように生まれたのかを知らない人はたくさんいるのではないでしょうか。

私も自分自身のイメージにもいまひとつ確信が持てないでいます。

むしろ現代の若い人たちは、ヒッピーという言葉を聞いたことがない人がほとんどかもしれません。けれど、知らず知らずのうちにヒッピーの生み出した文化に触れている可能性は十分にあるのです。

今回は、長い年月を経た今もなお消えることのない文化や思想を世に送り出したヒッピーの真実に迫ってみたいと思います。

ヒッピーとは

 

ヒッピーとは、それまでアメリカに当たり前に存在してきた伝統や、こうあるべきという固定観念から解放されるべく、愛と平和を訴え、自然を愛しながら自由に生きて行くことを求めて立ち上がった人たちのことです。

いつしか個性的なファッションで目立つ存在となった彼らですが、本来その根底には強い気持ちで社会に反発し、縛られることなく自分たちらしい生き方を勝ち取ろうとした注目すべき真実があります。

彼らがヒッピーという存在を定着させるまでに至ったことは、長い歴史の中でとても意味のあることになったことは明らかです。

ヒッピーカルチャーの始まり

ヒッピーの誕生

 

彼らの文化は、1960年代のアメリカで、社会制度への反発や長期間続いていたベトナム戦争への疑問がきっかけで起こった反戦運動が原点となって誕生しました。

枯葉剤の使用、原爆への支持など、戦争でたくさんの人々が苦しみ、命を奪われていく現状に、持続可能な生き方を望む気持ちを強く持ち、愛と平和、自由を求め、徴兵の拒否、自然との共存、非暴力、ドラッグなど、文明の発展を憎んで自然を愛した若者たちの想いによってヒッピーは生み出されました。

ヒッピー発祥の地

 

ヒッピーは若者たちの中でいつの間にか生まれたものなので、はっきりとどこで誰が生み出したという答えはないものの、発祥の地とされているのは彼らが最初に共同生活を始めたとされているサンフランシスコヘイト・アシュベリー、そしてロサンゼルスローレル・キャニオンです。

発展した地域から離れた荒野や森林などを共同体の基地として使うようになるものの、コミュニティを継続できることはほとんどなく、その地が荒れ果てたり追い出されたりと、点々と移動を余儀なくされたようです。

ヒッピーの思想

彼らはBack to nature(自然への回帰)をモットーとし、愛と平和、自由を最大の目標として、戦争をはじめ人種差別や男女差別に反発し、既存の伝統や決まりごとにとらわれず自然と生きる独自のライフスタイルやファッションなど、新たな文化を生み出しその世界を広げていきました。

ヒッピーの生活スタイル

 

彼らは文明が生まれる以前の人類のように、必要最低限の物で暮らし、自然と共存するため、自給自足や野宿での生活を目指しました。また、瞑想音楽を聴いたりダンスをしたりして心と体を開放し、時には覚醒のためにドラッグが使われることもありました。

さらに、社会に反発する気持ちの表れから、反戦デモを行なったり徴兵拒否の活動をしたり、同性婚やフリーセックスを権利として求める運動も盛んに行われるなど、とことん自由に生きることにこだわり続けました。

自然と共に生きることを求めたヒッピーたちは、自然の中でコミューンと呼ばれる共同体を作り、お金を使わず野宿で生活をするようになります。とはいえ、お金を使わず生活することはたやすいことではありません。

ヒッピーはほとんどが学生だったため、親の仕送りで暮らしていたり、中には麻薬の売買で生計を立てていた人たちもいたようです。

ヒッピーファッションとは?

 

ヒッピーファッションと言われてイメージするのは長髪とヒゲ、そしてヘアバンドという人が多いのではないでしょうか。自由を主張する彼らにとって髪を長く伸ばすことやヒゲを蓄えることはまさに自分たちの存在の象徴だったのです。さらに、人種や性に関する差別の面でも、ありのままを受け入れるべきだという彼らの思想を表現しているとも言えます。

長髪にヘアバンドというスタイルも代表的なファッションの1つです。

その民族的なデザインから放浪的、自由を愛するボヘミアンなイメージを醸し出しています。また、彼らは花を平和と愛の象徴としていたことから、花で作られた髪飾りをファッションに取り入れることもあります。

自分たちの考え方や思いを多くの人たちに伝えるため、インパクトのある派手なシャツを選び、サイケ調(サイケデリックカラー)と呼ばれる、主にピンクや紫、黄緑などのネオンカラーのような、鮮やかで刺激の強い色彩が使われているものが多く、それらはLSDなどのドラッグを使った時の幻覚症状によって見える色なのだとか。

ヒッピースタイルとも呼ばれ、デザインには、花や数種類の色でのタイダイ染めが多く用いられています。

いつしかジーンズも自由と反抗の象徴として取り入れられるようになり、自由を表現する意味で、細身のジーンズではなく、ワイドパンツやバギーパンツが愛用されました。

また、平和や愛のシンボルとなる花や鳥などが使われたデザインや、民族衣装をモチーフにしたカラフルでフォークロアなアクセサリーも彼らが生み出した代表的なファッションで、彼らのテーマである自然への回帰を表したような、主に麻素材やウッドビーズなどの自然の材料を使い、刺繍したり紐を編み込んだりと、手作りっぽくあたたかみのあるデザインとなっています。

平和の象徴である鳩の足跡を描いたという説のある、平和運動や反戦運動の象徴として用いられていた「ピースシンボル」もまた、世界に広まりました。

こうやって改めて見てみると、どれも年月を重ねても色褪せることなく私たちの身近にあるファッションばかりで、ヒッピーは世界のファッションに大きな影響を与えてきたことがわかります。

ヒッピーが好きな音楽

 

彼らは音楽の世界においても深い関わりがあり、1969年に行われた、現代で言うところの野外音楽フェス「ウッドストックフェスティバル」には50万人のヒッピーが集まりました。

その頃、彼らが愛したLSDの効果による幻覚作用であるサイケデリック現象を音楽で表現したとされる、サイケデリックロックと呼ばれる音楽が主流となっていました。サイケデリックロックは、ゆったりしたリズムで、1曲が長いという特徴がありますが、これらはLSDに浮遊感を求める彼らの補助的役割だったと言われています。

グレイトフル・デッドジェファーソン・エアプレインという2大サイケデリック・バンドは、社会への疑問を歌うことで、ヒッピー文化をリードしていくことになります。

こうして音楽を通してヒッピー文化は世界中に伝えられていくことになりました。ビートルズやローリングストーンズの音楽もまた、ヒッピー文化を大きく反映しています。

まとめ

縛られることを嫌い、社会から逸脱したならず者というネガティブなイメージを持たれることもあったはずのヒッピー。その根本にあったのは平和を愛し、自然と共に自分たちらしく自由に気持ちよく生きて行きたいという考えでした。

彼らの思想が社会現象を巻き起こし、ファッション、音楽、ライフスタイルに至るまでさまざまなことにおいて現代にも残り続けているという事実が、彼らの考えがいかに多くの共感をよんだかを物語っています。

自分の意見を持たず、周りに流される生き方を選択する人が増えている現代で、彼らの文化を掘り下げて知ることはとても有意義なことだと感じました。

 

以上、
「ヒッピーとはどんな文化?スタイル?現代だからこそ注目したい!」
をお届けしました。

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